柔らかな間合い

愛知県丹羽郡
 建築家・大工として独立するにあたり、限界耐力計算・手刻み・施工管理までをおこなった黒の家と、BIM設計・合理化・省施工の白の家を両極端に置き、今後の自分の技術の幅を目に見えるものとしながら今後の設計活動をしていくという考え方が面白かった。それもひとつの「間合い」であろう。しかしこの間合いとは一体なにか、それが柔らかいとはどういうことかがまだうまく言語化されていないように感じた。格闘技におけるそれ、という設計者の説明で腑に落ちるところがあったが、完結した住宅が3棟並ぶという特異性と、その隙間にそれぞれ外構を挟んで小さな空間が生まれること、それらを設計者・家族・親戚・仕事関係者等が使うことと結びつける視点が必要だろう。それこそがおそらく今後設計者にとって建築物単体における技術の塊としてのみ可能な説明から、より広い世界と自身の活動を接続する契機となるだろうと思われた。 (西澤 徹夫)  既存の母屋に対して黒い家、白い家、2つの住まいは、互いに距離を保ちながら呼応するように置かれている。黒い家は、石場建て基礎、土壁、木造伝統工法などの特徴を持った住宅であり、白い家は、独立基礎、ホームセンターでプレカットした建材を用いた家具が設えられた木造在来工法によるものである。これらの差異は単なる構法上の違いでだけではなく、空間的な距離と時間的な経過を含んだ関係性の中で、人・行為・素材が重層的に関わり合いながら「間合い」がかたちづくられている。設計者は格闘技の経験を有しているとのことだが、格闘技における間合を、相手の動きに呼応するための距離と時間の感覚とするならば、その身体性がこの建築にも通底しているように感じた。伝統工法を主題とする多くの建築が、現代的な鉄の素材や設備を避ける傾向にあるなかで、本建築では手摺りや照明、配線など現代生活に不可欠な要素が巧みにデザインとして組み込まれ、伝統と現代の共存を実現している。白い家では、近接する母屋との詰まった間合いに対して、置屋根の下に設けられたトップライトから反射光が差し込み、その光が空間をやわらかく満たす。光が形をもって間合いをつくるように、この建築では空間の密度と光環境が呼応している。韓国には、季節によって住まいの重心を変えて暮らす、冬の「オンドル」と夏の「マル」という空間エレメントがある。これは空間と住まい方の間合いを変化させながら住む文化であろう。黒い家と白い家、2つの住まいを行き来することによって、環境の様子とともに、多様な関係を「間合い」として調整しながら住まうことを提示しているようである。 (金子 尚志)
 本作品は自邸であり、作者は設計者かつ伝統構法の技術を継承する良き大工でもある。先祖から引き継いだ築100年超の「母屋」を残したいが、巨大で手入れも難しく、いつまで維持し得るか予測不可能である。その状況において、敷地の余白部分に自宅としての小住宅を2棟、曳家可能な形式で建設した。
 三つの建物間に設定された「柔らかな間合い」というコンセプトは柔道などの格闘技における「間合い」から名付けられたとのことで、それぞれが良好な距離感を持って配置されている。そこには農村集落の不定形な道路敷地形状と調和した、穏やかな佇まいが感じられる。家族構成やライフスタイルの変化に応じ、距離感を曳家によって再構成できる「可変の余白」を内包しており、そこに住まいの柔軟性が表現されている。
 加えて配置された二棟の小住宅は、対極的な技術思想を持つものであり、作者の思考実験的なプロジェクトとなっている。 東側の「黒い家」は、伝統構法を用いつつも現代的な生活感に近づけた住宅である。設計者自らが山林材を手刻みし、石場建て基礎、土壁、長ほぞ栓差しによる伝統構法を忠実に再現した。限界耐力計算を適用し、200年以上の耐用年数と再構築性を確保した。木の接合部は実に美しく、無垢材を惜しみなく使用する一方で、無駄の出ない寸法設定や構法などを徹底的に追求している。空間的にもほぼ一室構成で、シンプルかつ無駄がない。
 対照的な西側の「白い家」では、合理的かつ省施工な構法が目指されている。BIM設計とプレカット加工を駆使し、工数削減と品質の均一化を実現した。軽量木架構、RC独立基礎を採用し、部材単位での補修・解体・再構築が可能な建物である。
 作者は、伝統構法とプレカットという技術の両極端を、自らの敷地で身をもって体験した。設計者兼施工者として、それぞれの利点と短所を深く理解した上で、今後はこの実験知見をより一般的な住宅へ展開していくことが求められる。伝統構法の技術継承が難しい今日ではあるが、その中でもより一般的に受け入れられる形で伝統構法の技術を残していくための住宅の在り方が模索されることを期待する。 (生田 京子)
主要用途 一戸建ての住宅
構  造
木造
階  数 地上1階
敷地面積
(新築分)220.73㎡
(増築分)367.56㎡
建築面積
(新築分)50.26㎡
(増築分)24.84㎡
延床面積
(新築分)49.58㎡
(増築分)24.84㎡
設計者 ミヤタ建築事務所株式会社
施工者 ミヤタ建築事務所株式会社

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